KC SCIENCE LETTERS
- 環境科学領域
野生生物のゲノム解析で社会課題を解決へ
野生生物の遺伝情報から、進化の歴史や集団の変化などを読み解いています。広く生息・分布している野生動物でも、分布の縮小・拡大を経験することで、他の地域とは異なる遺伝的集団を形成することがあります。狩猟が禁じられ守られてきた、奈良公園のニホンジカはその一例。紀伊半島の他の地域とは異なる遺伝的集団であることが分かっています。
あらゆる野生生物のDNAに触れた日々
大学4年生の時に配属された研究室が、ニホンジカなどの野生哺乳類の遺伝解析を専門としていたことが、現在の研究を始めるきっかけです。大学院時代にはキノコや昆虫、植物など、さまざまな野生生物の遺伝学的研究に関わりました。そこで「どのような生物もDNAになると同じ」という実感を得たことは、現在の研究を進める上で重要なことだったと感じています。
私たちが研究に用いる遺伝解析技術は約20年前に確立されたもの。多くの知見が蓄積されているため、比較的安定して運用できますが、確実な実験結果を得るためには、細かな作業を繰り返し行うことが不可欠です。さらに、実験結果をもとに論文を書き上げ学術雑誌に投稿すると、「査読」と呼ばれる世界中の研究者による審査が待っています。前例のない研究成果などはなかなか合格をもらえず、簡単には掲載に至らないケースもありましたが、別の専門誌に投稿するなど、粘り強く挑戦を続けてきました。
獣害の解決や生物多様性の保全につなげたい
私たちの研究で、奈良公園に生息するニホンジカが独自の遺伝的集団であり、その集団の成立年代が、人間活動が盛んになった1000年以上前にさかのぼることが明らかとなりました。これは、奈良公園周辺のみが聖域として維持されてきたためと推測しています。近年日本では、大型野生哺乳類の分布拡大に起因する都市部への出没や交通事故、人獣共通感染症の拡大などが社会問題として認識されるようになりました。私たちの研究成果は、これらの解決に貢献するものと考えています。遺伝解析により集団構造が明らかになれば、出没した個体が属する集団を特定し、重点的に対策すべき地域を指定できるかもしれません。外来種・希少種の集団構造やその形成要因を解明できれば、それらの適切な管理・保全にも役立つはずです。今後は遺伝情報に、過去の気象情報をはじめとするビッグデータを組み合わせることで、より詳細な進化の道筋を推定できるようになるものと期待しています。研究論文の発表は一つの通過点と位置づけ、研究から得られた科学的な知見を社会に還元するための取り組みを展開していく予定です。
高校生へのメッセージ
誰もが知る生き物、身近な生き物であっても、まだ分かっていないことはたくさんあります。自らの手でデータをとり、その結果を正確に社会に伝えることで、よりよい社会の実現を目指しましょう。